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『まじ〜⁈』
タブレットに映し出された二人の男女が同じ表情で、同じ驚嘆の声を挙げた。そんな画面の彼らに、ジョンことショーン・マロリーは唇の前に人差し指を一本立てた。
「声がでかい! 言っただろ、今はあいつの家の世話になってるんだ」
『え〜、ショーン、イヤホンしてないの? 人の家で通話しといてそっちのが常識ないでしょ』
女性——コリーンの言葉にはっとして、ショーンは耳に手を当てる。そこにはしっかりブルートゥースイヤホンが装着されていた。
「……すまん、やってた」
『もう、ショーンてば』
『ていうか、聴こえてもよくないか? 話聴く限りお前も同じようにガンガン行くべきだろう』
男性——ノーランはもっともらしく宣う。対してショーンは目を押さえ首を振る。
「簡単に言うな……独身とはいえあいつは子持ちだし、男が対象に入ってるかも知らん」
『お前昔からああ言えばこう言うよな。いけるかどうかなんて聞いてみればいいだろ。俺はそうしたんだし』
たしかにそうだった。かつてコリーンを中心にしたノーランとのポリアモリー関係に慣れつつあった頃、ショーンはノーランにそんな提案をされた。はじめショーンはかなり抵抗があったが、結局親友と彼女に流される形となった。
『そうそう。まず話さなきゃ始まらないって。私だってノーランに言われてびっくりしたけど、まあ私たちの関係がそもそも珍しいし、むしろいいかもって思ったのよね。フアンさんだっけ? 少なくともあなたのこと気に入ってるのは間違いないんだし、嫌われたりはしないわよきっと』
「まあ実際……君とフアンは気が合いそうだ。いや、フアンが一番重要なのはそうなんだが、さっき言った通りあいつはすでに家庭があるんだよ」
『それこそ大した問題じゃないだろ。一緒に暮らしづらいってのは、元々の職業からしてそうなんだし、お互い』
「はあ……農家なんて簡単にやめられないだろうしな。この町に火薬関係の堅い仕事がありゃいいんだが」
『え〜⁈ ショーン花火師やめちゃうの⁈』コリーンはあんぐり空いた口を片手で押さえている。
『こりゃ相当お熱だな』ノーランは呆れたように腕を組んだ。
『ね〜。私たちのときは花火の仕事選んだのにねぇ』
『終わったこととはいえ妬けちまうな』
「す、すまん」
本気とはいえ、失言だったと後悔する。今、この三人は大西洋を挟んでインターネットでつながっている。すなわちコリーンとノーランはアイルランドに。ショーンは南米大陸、メキシコにてこの通話をしていた。
ショーンが故郷であるアイルランドにいた頃、三人は交際関係にあった。当然、全員同意の上でだ。カレッジを卒業後、ショーンは花火師を志したがアイルランドでは就職が困難だった。そこで彼は一念発起し大陸を目指すと決めた。よってコリーンとノーランとのポリアモリー関係も解消した。残った彼らは変わらず交際を続けているし、元々あった友情もこの通り維持されている。
しかし交際を解消した理由はそれだけだと、ショーンは本心からは言えなかった。関係がコリーンを中心としていた頃も、ノーランとも関係を結んだ頃も、彼らが自分と同じように睦み合うのを見るたびに、ショーンの心には昏い感情がうずまいていた。その矛先がどちらか一方だけならまだわかりやすかったが、実際にはどちらにも向いていた。コリーンとキスするノーランにも、ノーランとキスするコリーンにも、当時のショーンは嫉妬してしまっていた。どちらかというと彼はこの関係が解消するに値する理由を探して、大陸に向かったのだ。
もう自分は恋をしない方がいいのかもしれない、そう思った矢先だった。フアン・ミランダと出会ったのは。
『元々熱烈なアプローチかけてきたのはフアンさんだったのにね』
広い海を隔てるようになっても、三人は定期的に連絡を取り合ってきた。ちょうどショーンがこの町に降り立った頃も、彼は二人に連絡を取った。曰く、『妙な男に実験を見られたら、「俺の町で花火を上げてくれ!」としつこく頼まれた。そのせいでこんな田舎町に長居する羽目になっちまった』と。
『先々週までのお前、かなり愚痴っぽかったくせしてな』
「俺が一番意外に思ってるよ……」
鬱陶しいとすら考えていた。だが直近の仕事があるわけでもなかったから受けてしまった。そんなショーンをフアンは自らの家に招き、料理を振るまい、工房も用意してくれた。そこで仕事をするジョンを、フアンは農作業の合間に何度でも見にきた。
そんなフアンを、愛らしく感じ始めたきっかけは何だったろうか。町の住人に愛されている点か、息子たちに慕われている点か、はたまた存外信仰深い点か。
何にせよ、ショーンとしても、ジョン・マロリーとしても、フアン・ミランダに恋をした事実だけは曲げようがない。
「はあ……なんで惚れちまったんだか」
『そりゃかわいいからでしょ! 話聴く限りすっごくキュートよ、フアンさん』
『正直お前グイグイ来るのがタイプじゃん、俺たちみたいな』
「あ〜まあ、そうだな。グイグイ来るしかわいいよ、あいつは。それまでのあいつの結婚相手たちもそうだったんだろうなぁ……」
『ああ、そういや子供いるけど独身なんだっけ。あれ、ていうか、結婚相手「たち」?』
『フアンさん、何回か離婚してるの?』
ショーンは嘆息し、かつてフアンから聴かされて衝撃どころか押し黙るしかなかった事実をノーランたちに告げる。
「四回、な。ちなみにあいつの六人の息子は全員異母兄弟だ」
『四、回』
『六人……』
『…………』
二人は画面の中でお互い顔を見合わせていた。おおむね予想通りの反応だ。
『いや待て、おかしいぞ。四回結婚してて、六人の異母兄弟ってどういうことだ』
『ノーランそこなの? まあ私も気になったけど……』
「ガキの頃できたんだと。相手が育児を望まなかったから引き取ったとか」
問題はそれが二回あったという点にもある。
『……他の離婚原因は?』
「あいつの父親が『ここの女はすぐに都会に行っちまう』とか言ってたが、詳しいことは知らん」
『なる、ほどぉ』
「ただ、あいつも俺が花火を上げる祭りの日にはみんな呼んだって言ってたから、少なくとも連絡は取ってるみたいだ。ガキどももたまに母親に会ってるみたいだしな」
『ふぅーん?』
ショーンが気づいた頃には、二人の表情は引いたものから、興味深いものでも眺めるようなにやけ顔になっていた。
「なんだ、二人とも」
『いや? ずいぶん自然にフォロー入れるなぁって。なあコリーン』
『ねー。本当に好きなのね』
「…………っ」
ショーンは耳まで熱くなるのを感じた。画面は見れていないが、向こうの彼らの表情が変わっていないだろうことは容易に想像できた。
『それにしても、私もそっち行きたくなっちゃった。フアンさんにも会ってみたいし、あなたの花火も久々に見たいし』
『甘酸っぱい恋愛してるショーンもな!』
「馬鹿言うなよ。もう祭りは来週だ」
『そういや祭りが終わったらどうするんだ? まじでそっちで仕事探すのか?』
そう、祭りが終わればショーンの滞在も来週で終わる。つまり町に根差す仕事をしているフアンとも別れなければならない。それが嫌で、ショーンはこの町で仕事を探す道も考えていた。とはいえこの花火師という職業を手放したくないのも本心だった。
「……まだわからない。ただ、金がないわけじゃないからまだ少し考えてみようとは思ってる」
『うん、それがいいと思う』
『お前結構根無草みたいなとこあるからな。とはいえ案外恋心で矯正されるかもしれないけど』
否定できず、ショーンは嘆息した。そのとき、背後からドアを引く音がして、瞬時にショーンは振り返った。反射でタブレットを倒す。
「ジョン? まだ起きてんのかぁ?」
相手は言うまでもない。ここの家主で、先の会話の中心であるフアン・ミランダであった。ショーンは眉間にしわを寄せて顔を伏せた。
「……お前なぁ。入るときはノックしろ! 息子にもそうしてるのか!」
「なんで俺が俺の家でノックなんかしなきゃいけないんだ!」
「客人のプライバシーくらい守れ!」
「何が客人だ! 居候だお前なんか!」
「誰のせいでこんな汚い家にいると思ってる!」
「なんだと! うちは親父が毎日掃除してくれてるんだぞ! そんな言い草するなら明日の飯はジャガイモパーティだ! とっとと寝やがれ!」
捨て台詞でも吐いたみたいに、フアンはずかずかと去っていった。
「…………はあ」
ため息を吐いて、タブレットを戻す。電源ボタンを押そうとしたが、指が止まった。変わらず画面には二人の顔が映っていたからだ。
「あ…………」
ショーンの顔が青くなる。対して、二人は今日一番のにやけ顔をさらしていた。
『お前、ジャガイモ嫌いだったっけ?』
「……前出されたとき、『故郷ではジャガイモばっかだった』って話しただけだ」
『あら、駄目よそんな言い方。そういう積み重ねが破局や離婚を呼ぶんだから』
『でもいいんじゃないか? あの様子ならお互い嫌なとこもう十分すぎるくらい知ってるだろ?』
『そうね。それでも一緒にいたいと思えるって、とっても素敵よ』
「…………切る。おやすみ」
『あっ、ちょ』
『もう! まだ話は』
「……二人とも、ありがとう」
ショーンは画面のバツボタンを押した。そしてタブレットの電源を落とす。そのままショーンはふらふらとベッドに転がった。ふと、ドアの方を見る。かすかに灯りが差していた。
「ちゃんと閉じとけよ、間抜け」
シーツは陽の光の香りがした。
